デザイン性豊かな石垣構築

戦国時代から泰平の江戸時代に入ると、城壁の意味が変わってきます。
加賀前田家三代利常公が隠居城として整備した小松城の石垣は、
小松産の石材を当時の最新工法「切り込み接(は)ぎ」で積み上げた精緻(せいち)なもので、
色調の異なる石材をランダムに配置する石垣の美を意識したものでした。
近世のまちづくりが進む中、建築部材としての需要が高まり、本格的な石切り場の開発が始まります。
市内25ヶ所以上の石切り場の多くは、当期に開かれ、石の文化が広く浸透していきました。
 
小松城本丸櫓台石垣

市指定

建造物

小松城本丸櫓台石垣

加賀前田家三代利常公が江戸初期に整備した小松城の石垣。割石を丁寧に面取り加工し、隙間なく積み上げる切込み接ぎ工法です。地元の凝灰岩「鵜川石」と金沢の安山岩「戸室石」をモザイク状に組み合わせ、構築されています。

 
小松城本丸西側石垣

建造物

小松城本丸西側石垣

本丸櫓台石垣とともに小松城のなかで現地遺存する数少ない石垣。本丸西側の堀を護岸する石垣で、地元の鵜川石が使用されています。

 
鵜川石切り場

産業遺産

鵜川石切り場

飛鳥時代の河田山古墳の石室から近世の小松城の石垣、そして近代建築物にまで長い時代にわたって多用されてきた角礫凝灰岩石材の産地。大規模な洞窟丁場1ヶ所は、ハニベ岩窟院として観光地となっています。

 
遊泉寺石切り場

産業遺産

遊泉寺石切り場

江戸期から採掘がなされた角礫凝灰岩の採掘場。第二次大戦末期には中島飛行機(現・富士重工業)が洞窟を利用して、部品を製造。総延長10㎞、8000㎡に及ぶ広大な迷路空間となっています。随所に地下水が溜まり、幻想的な光景を創り出しています。

 
石工道具

民俗資料

石工道具

滝ケ原地区の石切り場で使用された石工道具。ゲンノー、各種ツルハシ、各種チョンノと、タガネ、ノミの細工道具などがあり、里山自然学校こまつ滝ケ原にて展示されています。石材の加工技術は、今も市内26件もの石材業者や名工に受け継がれています。

こまつ石の系譜MAP

小松城本丸櫓台石垣
小松城本丸西側石垣
鵜川石切り場
遊泉寺石切り場
石工道具